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1830年代の自然観

──チュッチェフのсумракを中心に──  今回の発表では、チュッチェフの詩において重要な意味を持つと思われるсумракという言葉について検証し、また他の詩人の作品と比較しつつ、この言葉に基づく一つの見地...

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文学者の戦中戦後責任

 大東亜戦争中に「詩歌翼賛運動」というものがありました。大政翼賛会宣伝部発行のB6判60頁ほどの仮綴、これが何巻も出されていて、1巻づつの初版が3万部です。扉には「この本をお読みになったら隣組やお友だちに回...

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ツルゲーネフの物語詩『対話』≪Разговор≫ (1845)

物語詩『対話』の主人公は、「老人」と「若者」の二人である。「老人」は世捨て人を装いながら、自らの人生に対する追憶を捨て去ることができず、岩屋の中でひとり苦悩の日々を過ごしている。一方、「若者」は人生の...

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リルケの『マリーナ悲歌』とツヴェターエヴァ

 『ドゥイノの悲歌』Duineser Elegien(1912-1922年)の作者で知られるライナー・マリア・リルケは、もうひとつの悲歌を書き残している。それは、マリーナ・ツヴェターエヴァへ宛てた書簡に添えられていた。リルケの死後約50年...

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「ロシアのフォークロア」に言よせて

皆様、今日は!  本日は、早大ロシア文学会よりお招きをうけ、このようにしてお話をさせて戴きますこと、まことに感謝です。この会での講演はこれにて三回めになります。初回は1975年、後藤明生氏と共に、二回めは浅...

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今となっては遠い昔のことになってしまったが

今となってはすでに遠い過去のこととなり、興奮もすっかり冷めきってしまったが、2001年の9月から2002年の6月まで、モスクワ大学と早稲田大学の交換留学協定の恩恵にあずかって、私はモスクワに滞在していた。  去年の6...

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露文卒業生(早稲田大学ロシア文学会会員)が関わっているホームページ①

他にもホームページをお持ちの会員のみなさん、ぜひご一報ください。ホームページにて紹介いたします。 How to Save My Own Life 山田あかね公式ホームページ(http://www2.odn.ne.jp/akane-y/) →会員でテレビ、小説など多方面で活...

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太陽の国の都の悲劇

――ブブノワ先生の住んだスフミ――  世界の各地で武力を伴う民族紛争の火が鎮まらず、一日も早く解決の道がえられぬものかと気をもむ毎日だが、とりわけ旧ソ連のカフカースの南の国グルジアでのアブハジアとの武

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ペテルブルク、断片。

2003年5月にペテルブルクは建都三百周年を迎える。私は2002年4月から翌年1月末までそこに滞在していた。文字通り、街の至る所で改修工事が行われていた。ドーム・クニーギもペトロパヴロフスク聖堂もスモーリヌイ修道院

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カロリーナ・パヴロワの『鉱夫』をめぐって

 カロリーナ・パヴロワ(Каролина Карловина Павлова,1807-1893)のバラッド形式の作品『鉱夫(Рудокоп)』(1841)は、ある鉱山で実際に起きた落盤事故に着想を得て創作された。ドイツ・ロマン主義文学の世界...