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2007年度 第53輯 第二分冊
伊東 一郎 〈音楽〉形式から〈声〉の現象へ--バフチン『ドストエフスキーの創作の諸問題』における「ポリフォニー」概念をめぐって--
草野 慶子 生のリズム--ヴャチェスラフ・イワーノフにおける〈リズム〉の概念--
中澤 朋子 シメオン・ポロツキイの韻文詩篇「143」--16世紀散文詩篇との比較において--
小俣 智史 フョードロフの終末論

2006年度第52輯 第二分冊
角田 耕治 ハリトン・マケンチンがみる夢──ロシア作詩法、もう一つの手紙──
八木 君人 Ю. トゥイニャーノフの映画論の基礎について
山田 徹也 ブィリーチカにおける現実性[リアリティ]

2005年度 第51号 第二分冊
伊東 一郎 スラヴ民衆文化における週と曜日
草野 慶子 ヴャチェスラフ・イワノーフにおける芸術の総合──そのワーグナー論とチュルリョニス論をめぐって──
神岡 理恵子 レーニン神話の脱構築──ヴェネディクト・エロフェーエフ『私のささやかなレーニン物語』──
粕谷 典子 イヴァン・トゥルゲーネフの『散文詩』──散文作家が見出した詩と散文の融合──
高柳 聡子 現代の女性作家における時空間の問題について──リュドミラ・ペトルシェフスカヤの散文の分析を中心に ──

2004年度 第50号 第二分冊
伊東 一郎 ウクライナ文学史におけるゴーゴリ──『ソローチンツィの定期市』のエピグラフを手掛かりに──
源 貴志 ロシア・アカデミー辞書編纂史における「シソーラス」の思想──「規範」か「総体」か──
森田 敦子 『ボリース・ゴドゥノーフ』における民衆像──シェイクスピア史劇との関連において──
森田 まり子 ストラヴィンスキー《エディプス王》──アンチ・ワグネリズムの理論と実践──
岸本 福子 デルジャーヴィンのオード『神』からジュコーフスキーのオード『人間』へ。

2003年度 第49号 第二分冊
貝澤 哉 暗闇と視覚イメージ──「ナボコフ的身体」の主題と変奏──
長谷川 麻子 『秋 大鷹の叫び』 ヨシフ・ブロツキーのエレジーと声──うたから叫びへ──
恒川 朝子 アレクサンドル・ブロークの戯曲『見世物小屋』について
小西 昌隆 モダニズム小説としての『チェルヌイシェフスキイの生涯』

2002年度 第48号 第二分冊
佐藤 清一郎 物語詩『パラーシャ』とツルゲーネフの「プレムヒノの恋」
杉野 由紀 チュルコフ『美人の料理女』における女性仮託の謎をめぐって

2001年度 第47号 第二分冊
鈴木 健司 変容するオード──プーシキンの『青銅の騎士』をめぐって──
塚原 孝 アンドレーエフのフェリントン──俗物インテリのへの憎悪とジレンマ
土居 紀子 ツヴェターエワの『処女王』──〈すれ違い〉の構造をめぐって──
網谷 益典 「新カント派に帰れ」──『フランソワ・ラブレーの作品と中世ルネッサンスの民衆文化』とバフチン学 ──
上田 洋子 舞台上のカフカの世界──ワレーリイ・フォーキン演出『変身』論──

2000年度 第46号 第二分冊
伊東 一郎 ストラヴィンスキーとマンデリシュターム──ヴェラ・ストラヴィンスカヤをめぐる二十世紀ロシア文化史の断章──
長井 淳 アンドレイ・プラトーノフ『秘められた人間』のフィナーレ
佐藤 清一郎 ツルゲーネフ『ステーノ』における音響表現
坂庭 淳史 他者の眼──チュッチェフの作品における自己意識について──
小西 昌隆 ナボコフとエクリチュール
石原 公道 ミハイル・ブルガーコフの消された手紙

1999年度 第45号 第二分冊
高野 雅之 グバストーフ宛レオンチエフの書簡
源 貴志 新時代ロシアのナショナル・ビブリオグラフィー
杉野 由紀 チュルコフの『からかい屋あるいはスラヴの民話』における悪魔との対話
吉見 薫 詩人と予言者──マリーナ・ツヴェターエヴァの『シビュラ』をめぐって──
南平 かおり 「カロリーナ・パブロワの『ファンタスマゴーリー』について」
佐野 洋子 ヴァジャノイとブイリーナ「サトコ」に登場する海のツァーリ

1998年度 第44号 第二分冊
小林 南 フロレンスキー神父の美学──シンボリズムと「二つの世界」──
小林 潔 バルソフ音論考
籾内 裕子 嵯峨の屋おむろと二葉亭四迷における『猟人日記』──
冨田 マルガリータ しばしの客──詩人・アレクサンドル・ルドニッキー<1962~1994年>について──
笠間 啓治 プーシキン『スペードの女王』のNNの解読

1997年度 第43号 第二分冊
源 貴志 神経衰弱の文学──谷崎潤一郎とロシア文学──
高野 雅之 十九世紀ロシアの保守思想──アクサーコフとソロヴィヨーフ──
村上 久美子 バレエ王国ロシアの地盤を築いた十八世紀のバレエ移植──推進役としてのノヴェールの理論──
倉石 義久 『イワーノフの演劇理念とメイエルホリド』
北見 諭 芸術の専門化──ロシア未来派の美学考察──
佐藤 千登勢 ヴィクトル・シクロフスキイの『大尉の娘』論について──形式主義的方法と社会学的方法の融合:一九六六年の論考を基に──

1996年度 第42号 第二分冊
川崎 浹 マクシーモフの『犀の神話』をめぐる論争
井桁 貞義 現代ロシアとポストモダン──ソヴィエト文化の再評価をめぐって──
上野 理恵 M・ヴルーベリ論──デーモン像における自己イメージの神話化──
佐藤 千登勢 手法としての「降伏宣言」──ヴィクトル・シクロフスキイの『ZOO(ツォー)』と『第三工場』をめぐって──
田中 清美 『若き詩人に』──ブリューソフ的個人主義の一断面──

1995年度 第41号 第二分冊
高野 雅之 十九世紀ロシアの保守思想──シシコーフ提督と一八一二年戦役──
塚本 善也 『魅せられた旅人』の「中心」をめぐって
北見 諭 フレーブニコフの叙事詩『鶴』における反合理主義
安達 紀子 『森の精』から『ワーニャおじさん』へ──チェーホフの劇作法確立のプロセス──
塚崎 今日子 ルサールカの変貌──プーシキンの劇詩『ルサールカ』をめぐって──
笠間 啓治 プーシキンの作品に現れたホモセクスアリズム

1994年度 第40号 第二分冊
川崎 浹 ペレストロイカ以降の「亡命ロシア文学」現象
高野 雅之 十九世紀ロシアの保守思想──レオンチエフとカトコーフ──
笠間 啓治 プーシキンとマリヤ・アントーノヴナ

1993年度 第39号 文学・芸術学編
川崎 浹 日本におけるレフ・シェストフ
藤沼 貴 カラムジンによるジェイムズ・トムソンの『四季』の翻訳
伊東 一郎 ゴーゴリ──ウクライナ・バロック──民衆文化(M・バフチン『ラブレーとゴーゴリ』に寄せて)

1993年度 別冊第20集 文学・芸術学編
宮澤 淳一 ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』における悪魔ヴォランドの役割と「黒魔術の夕べ」について
塚本 善也 『じゃこう牛』考──レスコフの「出発」をめぐって──
草野 慶子 ザミャーチン『洞窟』の神話的基底
籾内 裕子 ツルゲーネフの受容における小栗風葉の位置

1992年度 第38号 文学・芸術学編
柳 富子 若きチェーホフの笑い──方法への一考察──
高野 雅之 十九世紀ロシアの保守思想──レオンチエフと<ワルシャワ日誌>──
笠間 啓治 ロシア文学関係文献の表示について

1992年度 別冊第19集 文学・芸術学編
高木 美菜子 『コルィマーものがたり』の構成について
吉原 深和子 プラトーノフ『土台穴』の登場人物について

1991年度 第37号 文学・芸術学編
藤沼 貴 カラムジンの文学活動以前の伝記上の二、三の問題

1991年度 別冊第18集 文学・芸術学編
佐藤 雄亮 『戦争と平和』の作品構造とジャンル
貝澤 哉 A・ベールイとポテブニャー──「言葉」と「創造」の問題をめぐって──

1990年度 第36号 文学・芸術学編
藤沼 貴 カラムジンによる『ジュリアス・シーザー』(シェイクスピア作)の翻訳

1990年度 別冊第17集 文学・芸術学編
梶 重樹 アフマートヴァとキーテシ
源 貴志 ロシア書誌学史のなかのカルル・ベールとアカデミー図書館

1989年度 第35号 文学・芸術学編
笠間 啓治 プーシキンとラファター

1989年度 別冊第16集 文学・芸術学編
源 貴志 二葉亭の帰朝について──後期二葉亭論の前提として──
貝澤 哉 『回帰』から『銀の鳩』へ──A・ベールイの初期散文における「転生」
久保木 茂人 現実的世界の座標の喪失──M・A・ブルガーコフの『運命の卵』についての考察──

1988年度 第34号 文学・芸術学編
藤沼 貴 カラムジンとスイスの哲学者ラファーター

1988年度 別冊第15集 文学・芸術学編
田村 充正 アンナ・アフマートワ──抒情詩における他者の声──
杉本 一直 モノローグの中の幻影──ナボコフの『賜物』をめぐって──

1987年度 第33号 文学・芸術学編
(掲載論文なし)

1987年度 別冊第14集 文学・芸術学編
藻利 佳彦 プーシキンの抒情詩における預言者の形象
木村 英明 『鼻』における幻想の構造
杉里 直人 ドストエフスキーの文学的出発──『ウジェニー・グランデ』の翻訳について──

1986年度 第32号
藤沼 貴 カラムジンのフリー・メーソン入会
笠間 啓治 チュッチェフ=フリーメイスン説の提唱

1986年度 別冊第13集 文学・芸術学編
松原 明 ザミャーチンのテキスト戦略──方法論および『洞窟』と『われら』におけるその応用──
久山 宏一 「モノローグ劇」としての『狂人の手記』

1985年度 第31号
藤沼 貴 作家カラムジンの出発点──ゲスナー『木の足』とハラー『悪の起源』の翻訳──

1985年度 別冊第12集 文学・芸術学編
宮崎 武俊 ロシヤ正教会と聖書翻訳──新約「公認本文」をめぐって──
藤咲 多佳子 チェーホフ『三年』について

1984年度 第30号
柳 富子 『或る女』考──有島のトルストイ受容に寄せて──

1984年度 別冊第11集 文学・芸術学編
宇佐見 森吉 パステルナーク『民警たちの呼子』について
佐々木 精治 ヘラスコフの叙事詩『ロシアーダ』について
秦野 一宏 ゴーゴリにおけるスターン的なるもの

1983年度 第29号
高野 雅之 バルカン戦争とロシア・メシアニズム

1983年度 別冊第10集 文学・芸術学編
藤井 明子 叙事詩『デーモン』の改稿をめぐって
和田 拓司 ドストエフスキイのペトラシェフスキイ事件
諸星 和夫 ロシアとポーランドの文学関係をめぐって──十七世紀のロシアにおけるポーランドの影響について──

1982年度 第28号 創立百周年記念号
新谷 敬三郎 フェートの夢と音
笠間 啓治 トルストイ『戦争と平和』のピエールのモデルについて

1982年度 別冊第9集
安達 陽一 カンテミールの諷刺と十七世紀の諷刺──ロシア諷刺の源流──
佐々木 寛 ブルガーリンの小説『イワン・ヴイジギン』(一八二九)について──諷刺─教訓ジャンルの問題──
国松 夏紀 ドストエフスキイにおける《告白》について
大石 雅彦 カオスモスあるいはコーラとしての『裸の年』

1981年度 第27号
(掲載論文なし)

1981年度 別冊第8集
大西 祥子 パステルナークの詩的世界──『鏡』を中心にして──

1980年度 第26号
(掲載論文なし)

1980年度 別冊第7集
秦野 一宏 読者論──ゴーゴリの『外套』についての一考察──

1979年度 別冊第6集
山川 博 コロレンコとナロードニチェストヴォ

1978年度 別冊第5集
長與 進 雑誌『ヨーロッパ人』における歴史思想──イヴァン・キレーエフスキイの「ロシアとヨーロッパ」観(一八三二年)──

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