ルサールカ 生と死

 ルサールカは、水の精である。しかし、ダマヴォイやヴァジャノイなど、その名から何を司る精霊か察知できる他の精霊(домовоはдомから…)と違って、ルサールカはその名が何を意味するのか不明快で難解な精霊である。その上、その形象はほんの断片でしか語られることがない。

 この信仰は19世紀末ごろから揺らぎ始めている。19世紀40年代から後半にかけての研究者たちは、未だ農民たちはルサールカの存在を固く信じていて、農民の間ではルサールカについての多くの話が行き交っていると述べているが、19世紀も末、特に20世紀初めには、通信員たちは採集の際、農民側からの多くの反駁にあっている。以前ルサールカはたくさんいた、だが今は皆が彼らに十字を切って追い出してしまったのだとか、昔民衆は単純で素朴だったが、今は何ものも信じていないので、ルサールカが見えないのだと。

 ルサールカは消えてしまったが、その代わり、ルサールカに関連する春から夏にかけての儀式が彼女自身に対する信仰より長生きをして残った。儀式、儀礼の存在はその昔、信仰があったという確かな証拠である。また儀礼とは個人的なものではなく集団で行われるものである。レーシイら他の精霊に対して人間が何か集団で贈り物をしたり、儀式らしきものをすることはない。精霊と人間一人の関係である。ルサールカは民謡にも登場するが、民謡も個人の体験を語る一回体のものであるブイリーチカとは違って、集団で制作するものである。こう見ると、ルサールカは他の精霊とは違って、個人的な信仰ではなく、もっと大きな存在、より幅広い信仰であったのではないかと考えられる。この点でヴラーソヴァの、ルサールカはその昔、多機能を備えた女神だったのではないかという意見にうなずけるものがある。ルサーリヤと関係があることも相当古いものであることを証拠づけている。昔様々な機能を持っていてた、幅広い信仰に支えられた女神が形を変えながら、その断片が個人的な体験であるブイリーチカやブイヴァーリシナで語られたり、また、集団で行われる儀礼として残ったりと、原初的形象の様々な面がいろいろな所にちらばって生きてきた。そして、以前は個人的な小さな心に籠もった信仰ではなかったため、ブイリーチカなどの個人的な体験の方が先に消滅し、集団的儀礼が生き延びたのだとは考えられないだろうか。そう考えれば、ルサールカの様々な矛盾を含んだ複雑な形象(ダマヴォイは家の主、レーシイは森の主・・・と単純明快である)にも説明がつくと考えられる。

 ルサールカは様々な要素、面が混ざりあった形象である。彼女は人間の娘であり、死者の顔も持つ。髪から水を垂らし続ける水の精であり、植物と関係がある緑の精で、豊饒をもたらす力も持っている。春の訪れを告げる春の精でもあり、春が織物を織ってこの世に彩りをつけていくように彼女も糸を紡いでいく。これらの要素は一つ一つばらばらのものではなく、すべてが有機的にかかわりあっている。ある場面で、ある習慣で、ある祭りや儀式で、異なる地方でルサールカのある一つの面が強調され、また他のシチュエーションでは、ルサールカの他の面が強調される。この際、強調されている一つの要素以外の他の要素は消滅しているわけではなく、そのバックにしっかりと保たれているのである。

 もともとは農業の女神であったと想像されるこの形象に、ロシヤの農民はその後少女の命を吹き込んだ。望まずして死者となった人間の娘である。水の流れる様をあらわす髪を梳くルサールカの姿に、人々は村娘の姿をダブらせる。ルサールカは命が一番輝いて見える少女である。と同時に、生と裏返しの死者でもある。この二面性がよりいっそう命の尊さ、美しさ、命のはかなさを強調する。死があるからこそ生がきらきらと輝く。他の精霊はよく老人の姿形で出てくるが、ルサールカは7歳から成熟した女性に至るまでと言われている。人生で最も自由で美しい娘時代、人生の春をあらわす形象として登場する。彼女は春から夏にかけてのほんのひと時しか蘇ることを許されない。このほんの短い時間をルサールカは必死に、精一杯に輝いて生き尽くそうとする。ルサールカは、その姿で、その行為で、その地上への出現の時期によって、また彼女が死者であるということで、大切な命、生命の美しさ、そして、そのはかなさ、尊さをあらわしている。

 水の精であるルサールカは湿気、雨、雹などの天候をも左右することができる。水はすべてのものに生命を、若さを与える。その命の水である雨をルサールカは降らす。命を産み出す性、女性であるルサールカは大地に命を吹き込む。ルサールカは豊饒を司る精霊である。人は生まれ、老い、死んでいく。春に草木は芽を出し、夏に鬱蒼と茂り、冬に枯れていく。緑髪をしたルサールカは、植物と同じように初春に水から蘇り、自然の美しさの絶頂期、春を満喫し、命の春を生き尽くし、自然に溶け込むように姿を消していく。翌年の春、再びこの世に蘇るまで。

 ルサールカは複雑であると言われているが、彼女は命の不思議さ、神秘さに対する人々の驚嘆が生み出した精霊で、フォークロアによくみられるパラレリズムという手法で、命の神秘さを人間界と自然界の両世界に観察した人々が、“生と死”の概念をルサールカの形象の中に見事に総合したのだと言えよう。ルサールカは、この世に生を得たすべての生き物、人間、息づく自然そのものを身体ひとつで体現しているのである。

佐野 洋子(博士後期課程)
(《Вести》第17号 2001年12月24日発行 所収)

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