赤ん坊はどこから来てどこへ行くのか

──子供の誕生をめぐるロシアの民間伝承──

1 赤ん坊はどこから
 “赤ん坊はコウノトリが連れてくる”という伝説はヨーロッパでは広く知られていますが、これは“赤ちゃんはどこからくるの?”という子供の素朴な質問にたいする親たちの答の一つが一般化され、伝承されたものと思われます。“赤ん坊はコウノトリが連れてくる”という俗信は、スラヴ世界では西スラヴ人のあいだで最もよく知られていますが、東スラヴ人、南スラヴ人のあいだでは稀です。
 西スラヴの伝説を拾ってみます。

・ポーランド──赤ん坊はコウノトリが沼から連れてくる。
・カシューブ──コウノトリが暖炉の煙突から蛙を投げ入れ、蛙は煙突を通ると乳飲み児となる。
・ソルブ──赤ん坊はコウノトリがたらいに入れて運んでくる。
・ポレーシエ──コウノトリが赤ん坊を暖炉の煙突から投げ入れる。

 ロシアの民俗学者ヴィノグラードヴァは20世紀の90年代に「赤ん坊の由来」の伝承をポレーシエの46村(62地点)にわたって調査し、その成果を「ポレーシエ民俗地図」の形で発表しました。伝承は(1)“赤ん坊はコウノトリが連れてくる”(2)“赤ん坊は天から降りてくる”(3)“赤ん坊は植物のなかにいる”(4)“赤ん坊は樹の上/森の中にいる”に分類され、その分布図が作成されました。その民俗地図によると、“赤ん坊はコウノトリが連れてくる”という伝承は西部ポレーシエに集中しており、東へ行くにつれて伝承の通俗性がまばらになっています。ポレーシエには、このほかに、“マリーカ婆さん(産婆)が沼で赤ん坊を見つけてきた”という伝承も知られています。

 赤ん坊を母の胎内から出るものとは言わずに、“空のかなたから(鳥が運んで来る)”“水の中から”“植物(キャベツなど)の中から”“森の中から”来るものと説明するこれらの言い伝えの背景には、赤ん坊を“異界から”の来訪者と観る古代神話的思考の痕跡がうかがえます。

2 産屋としてのバーニャ
 子供の誕生をめぐる伝承は北ロシアでは趣を異にします。北ロシアには南ロシアやベラルーシにおいてはふつう見られないバーニャ(蒸風呂小屋)があり、出産から死体の埋葬準備にいたるまでの儀礼の多くがバーニャにおいて行われます。産屋となるバーニャはイコンが置かれていない“不浄な”場であり、意地の悪いバンニックが支配する“異教の”場であるために、出産には非常な危険がともないます。そのため、子供の誕生に際しては特別な呪術的儀礼が行われます。

 “Трижды человек дивен бывает: родится, женится, умирает.”“人間は三度不思議な者となる:生まれるとき、結婚するとき、死ぬとき”というロシアの諺があります。誕生・結婚・死は確かに人間の三大不思議ですが、この場合の“不思議”“диво”は“奇跡”“чудо”とほぼ同意義であり、その不思議(奇跡)は呪術によって惹き起こされます。婚礼や葬儀が呪術的儀礼であるように、出産儀礼も呪術です。
 人間は助産という行為がなければ分娩できない唯一の動物のようで、ロシアにおいても産婆が昔から産婦の出産を助けるために経験に基づいた民間医療的手当とともに一定の呪術をほどこしました。

3 胞衣(えな)埋葬
 ロシアでは赤ん坊はみな双子で生まれてくる、と考えられていました。胎児の分娩後、胎盤がつづいて排出されますが、これを胞衣(えな)(послед)と言います。胞衣は誕生した人間の一部であり、新生児はこの世に生きるべく運命づけられているのに対して胞衣はあの世に行くべく定められている、と考えられました。新生児の分身である胞衣は大切に扱われます。産婆は胞衣を注意ぶかく清潔な白い布で受けとめ、水で洗い、経かたびら代わりの麻布につつんで(地方によっては樹皮靴や壺に入れて)儀

礼的に埋葬します。胞衣は新生児の将来を左右する力をもつので、胞衣埋葬は慎重に行われます。
 胎児と胎盤とを連絡しているのがへその緒ですが、へその緒も赤ん坊の発育に影響力をもつので、産婆によって儀礼的に切断されます。
 
 羊膜の一部である大網膜をかぶって生まれてきた子供が幸運児であるという俗信はヨーロッパに広く知られています。ロシア語の民俗語彙で大網膜は “сорочка”あるいは“рубашка”と言い、“родиться в сорочке”は“幸運に生まれつく”を意味する慣用句です。この慣用句を字義どおり解釈するかのように、赤ん坊はたとえ大網膜をかぶっていなくとも、幸せに生まれつくように、シャツの中に産み落とされました。実際には、父親が着ていた洗濯していないシャツが新生児を受けとめるために用いられました。この行為には父親と子供との愛のきずなを確かめる意味もありました。産婆のなかには、自分に福を呼びこむために大網膜を盗む者さえいました。

4 魔除けとしての嬰児洗礼
 出産に関わる儀礼は赤ん坊の生後8日間に集中しています。生まれたばかりの赤ん坊は不完全な人間と考えられ、新生児はバーニャで“蒸され”て、鼻をつまんで高くする、いびつな頭を丸くするなどの整体が産婆の手によって行われます。
 ダーリの『ロシア民衆の諺』には“Не крещен, так и Богдан.”“洗礼を受けていない児はボグダン”という表現があり、ダーリは“洗礼を受けるまでは赤ん坊はみなボグダンと呼ばれる”と注記しています。
 
赤ん坊はつねに危険にさらされており、赤ん坊を魔物から護る役目をするのも産婆です。新生児はБогдан“神の与えし者”の名によって護られていますが、赤ん坊を“異界”へ連れ去ろうとする魔を祓うための儀礼である洗礼が一日も早く行われることが望まれます。受洗後赤ん坊は新しい名前がつけられ、人間として認められます。

栗原 成郎

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