ロシアで見るワールドカップ

 2002年、日本で一番もりあがったイベントといえば、やはり日韓共催のワールドカップだったのではないでしょうか。日本で始めて開催されるという貴重な時に、残念ながら、私は留学中でモスクワに滞在していたわけですが、おかげで思いもよらぬ珍しい経験もできました。

 ロシアではワールドカップについての報道は、開催以前にはあまりなかったように思います。気がついたら来週開幕、というような感じでした。テレビ放送については、ワールドカップ直前になって、スポーツ専門チャンネルが普通の放送局(窒早jに変わってしまい、もしかしたら日本戦の放送がないのだろうか、などと心配がありましたが、結局はキー局が持ち回りで放送していたので全試合見ることができました。開幕前の主な報道といえば、ロシアチームのキャンプの話題でしょうか。確かキャンプ地が静岡だったようで、富士山の画像がよく映っていました。CMで面白いものもありました。「ペプシを飲んで日本に行こう!」というキャンペーンで、相撲、芸者などステレオタイプの日本人とモストヴォイ選手が仲良く並ぶ写真がいたるところに見受けられました。

 開幕の日、私はヴォルガ河クルーズでモスクワにはいなかったのですが、船のテレビでちょっとだけ見ることができました。しかし、一般の人々はワールドカップにはさほど興味もない様子で、みなゆっくりと旅行を楽しんでいました。
 モスクワに帰ると、偶然他大学の友人から面白い誘いがありました。日本―ロシア戦のときに、ロシアのテレビ局で、生中継の収録に参加しないかというのです。もちろん喜んで参加させてもらうことにしました。

 4月頃からモスクワではスキンヘッドの活動が活発になり、大使館からの注意も頻繁になっていました。ワールドカップにおいても、日本は直接ロシアと対戦するということで、警戒するようにという連絡が事前にありました。当日、テレビ局に行こうと私たちが地下鉄に乗っているときにも、赤の広場のスクリーン観戦に向かうため、体に国旗を巻いて大声で叫んでいる若者達をたくさん目撃しました。日本人だとばれると絡まれるので、なるべく目立たないように心がけねばなりませんでした。

 当日、試合開始直前にやっとテレビ局に到着しました。収録に参加するのは大使館の方々と私のような留学生です。大使館で用意してくれた日の丸やユニフォームをまとい、所定の席に着きました。ロシア人サポーターが多数で席が少なかったため、日本人は端のほうにまとめて座らされることになりました。私たちの到着が遅かったため、席に着くとすでに試合は始まっており、スタジオも熱気であふれていました。ロシア人は各々飲み物(アルコール含む)を持ち込んでおり、その辺のカフェやレストランで観戦しているような雰囲気で、前半はあっという間に過ぎました。休憩の間には解説者などのトークがあり、後半戦開始。いきなり日本が先制点を入れます。場内は一気にトーンダウンし、私たちも素直に喜んではいられない雰囲気でした。試合終了が近づくにつれ、ロシア人サポーターのイライラもつのり、肩身が狭くなる思いです。あの場にいた日本人は、みなひそかに「せめて引き分けになってくれたら・・・」と思ったことでしょう。

 そして試合が終わりました。スタジオはお通夜のような雰囲気です。日本人サポーターの代表がインタビューを受け、何とかロシアチームを誉めようと頑張っていたようですが、ロシア人の怒りは収まらず、気まずい雰囲気で中継は終了。(もちろん、中には素直に日本の勝利をお祝いしてくれる人もいましたが。)

 スタジオを出て、日本人同士でこっそり勝利を喜びあっていると、ロシア人サポーターの冷たい視線が突き刺さります。坊主頭の若者は罵声を浴びせて帰っていきました。そんな様子を考慮して、私たちの帰宅にはタクシーを使うことになりました。大学ごとに車を手配してもらい、待っていると、大使館の方の携帯に電話が。「赤の広場のあたりで暴動が起こったらしい!」こんなときに私たち日本人が街を歩いていたら、ただじゃ済まされないだろうと、みな凍りつきました。

 結局、タクシーの運転手さんが気を使って家の前まで送ってくれ、無事に帰宅することができました。ホームステイ先の家に帰ると、おばあちゃんが掃除しながらテレビを見ています。赤の広場周辺からの生中継で、燃えた車や暴れ狂うスキンヘッドが映っていました。おばあちゃんと二人で、つくづく無事を感謝しました。

 翌日も外出するには不安があったのですが、特に何事もなく、普通の日々に戻りました。大学であうロシア人の先生や友人たちは、日本の勝利を祝ってくれます。ある先生の娘は、宮本選手のマスクを見て、「あれはサムライの格好なの?」と言っていたそうです。後日の報道では、あの暴動はスキンヘッドによるもので、前から計画されていたのではないか、ということでした。

 いろいろ事件もあったワールドカップですが、結果としては、ロシア人が日本を知るいい機会だったと思います。同じグループだったおかげで、ロシアでは「日本」で開催されている、ということが強調されていましたし、文化や歴史の紹介もありました。これをきっかけに日本に興味をもつ人もいたかもしれません。帰国してから、友人たちなどに日本での盛り上がりぶりを聞くと、多少寂しい感じもしますが、私なりのワールドカップということで、いい思い出になったと思います。

松下千代(学部4年)
(《Вести》第19号 2003年2月20日発行 所収)

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