「ロシアのフォークロア」に言よせて

皆様、今日は!

 本日は、早大ロシア文学会よりお招きをうけ、このようにしてお話をさせて戴きますこと、まことに感謝です。この会での講演はこれにて三回めになります。初回は1975年、後藤明生氏と共に、二回めは浅川彰三氏と共に早大露文復活50周年記念のひとつとして、そして今回は栗原成郎先生と共に。私にとっても思い出のものとなりましょう。
 さて、停年退職いたしましてより、あっという間にもう11年、大学には入ったのも、つい昨日の如くにも思えますのに、既に50と数年も流れ去っています。
行雲流水! ロシア民話の語り口によくある、「Жил да был…」(昔、むかし、あるところに…)を思い浮かべつゝ、“「ロシアのフォークロア」に言よせて”と題して、「一期一会」;「一語一会」…の旅心を語らせて戴きたく…。

1) 叡山随想
私は過ぐる数年前、とあるところの「叡山研修」のツアーに參加して、いたく感銘を受けました。その時の感懐の一つ、二つを。それは、その年の四月も早々のことでした。朝早く眼を覚まし、そっと床を拔け出して宿坊のロビーへ。驚きました。窓外に眼をやると粉雪が舞っている。眼前の木々は白樺かと見まがうほどに木肌は眞白、聳え立つ大樹の杉もうっすらと白化粧。木の間を通して、ちらほらと眼下に見える大津の町はいまだ靜かに眠っていました。
「居は心を移す」と言うが、「深山は靈をも移す」のか! 私はその時、叡山の冷気、精気に生きる喜びを、いな生かされている喜びを覚える。と、同時に、その時、不思議にも思いは遙か、あの雪を戴くアトスの靈山へ、そしてキーエフのペチェルスキー修道院へと、更には、「Заволжские старцы」(ヴォルガの彼方の聖者たち)へとかけめぐってゆくのを覚えたことでした。

また、はじめ私は、「山に登ると叡山のどこかで、『祇園精舎の鐘の聲、諸行無情の響あり…』の、あの鐘の音を樹々のしじまに聞くのでは…」との思いもありました。が、やはり一番心にうたれたものは、その靈気とも言うべきか、山の精気でありました。未だ世俗も知らぬその昔、かゝる深山幽谷の地にともされた伝教大師の法灯は、やがて道元、法然、親鸞、日蓮らへと受け継がれ、これら鎌倉仏教の開祖たちは、それぞれに仏の法を伝えんと、山を下って行かれたのだと、それら祖師たちの熱き後姿に思いを馳せつゝ、私も山を降りる。

ところで、話はちょっと横道にそれますが、私もそろそろ年のせいでしょうか、早寢早起き、自然との共生が多くなりました。夏時は、もう朝の4時半に、今でも5時をすぎると孫娘から預っている犬をつれ、1時間半から2時間の散歩です。その道すじのひとつに、ちょっとしたお寺があり、その參道への入口近くに何かの石碑が建っている。見るともなしに、でもいつの間にか、そこに刻まれている文字まで覚えてしまった。道より見えるおもてには、「南無妙法蓮華経 日蓮宗」とあり、その左右にやゝ小文字で「善行院」、「法光山」とある。法光山、善行院!「面白いな、宜なる哉」と感心もする。すると、その右側面に二行にわたり、「如日月光明 能除諸幽冥」、「斯人行世間 能滅衆生闇」とある。道をはさんで寺の反対側は竹林、その奥の方には高さ20-30メートル程もあろうか数本の欅がそびえ、ちょっとした森をなしている。かつては、この坂道、こゝにはひっそりとした草庵があり、草むらにお地藏さんが赤いよだれ掛けをかけて、道ゆく村人をじっと見守っておられたのかも…。

話は、もとにもどりますが、琵琶湖畔への思い出は、今も私には強く懐かしい。その時、私の眼は、樹間を通して、この地にあった滋賀航空隊の跡を探していた。昭和19年9月、土浦海軍航空隊に入隊、6ヶ月の厳しい訓練の後、移って來たのがこの地であった。任官後のせいもあってか、無我夢中のうちにありながら、嵐の前の靜けさの、ほんのひと時でもあったようだ。隊内にあった図書室にも通えた。そこで手にした一册に、「満洲に育つロシア人の子供」という本があった。訳者は「姉川盤根」「早稲田大学露文科修。現在、満鉄哈爾浜鉄道局勤務」とあった。「早稲田に露文科がある、」と深く心にとめていた。

2) スンガリ(松花江)、アムール(黒龍江)の流れ。
私は、「Вести」、No.7 (1996.10.12)にて、「雪原の一灯」と題して、私の「ロシア文学との出遇い」の一端を述べさしてもらいましたが、「旧満洲」へのわが思い出は青春の賦としても、心に深くきざまれている。
「歌は世につれ、世は歌につれ…」とも言われるが、お酒でも入り、なにかといゝ心持ちになった折なぞ、ふとわが口に浮かぶ歌に、「海ゆかば…」とか、「貴様と己れとは同期の櫻…」等、それに、「流れ豊かな黒龍江の、岸の茂みはわが宿り…」等がある。ハバロフスクの岸辺を洗うアムール河を更にのぼれば、「黒河」の街の対岸に「ブラゴヴェシチェンスク」の町がある。私は、この町の名の意味なんぞ、何も知らずによく呼んでいたが、今思えば、「Благовещение」(聖母受胎告知)と関りがある。「マリア受胎告知の町」ムム私はこの町に、このような名のつけられた由來を知りたく思う…。

3) 「ヴォルガ河・上流の旅」に想う。
この夏、幻と終った「わがロシアへの旅」がある。サンクト・ペテルブルグよりネヴァ河をさかのぼり、ラドガ湖、オネガ湖を経て…ヤロスラヴリ、ウーグリチ、モスクワへと至るヴォルガの河の旅であった。殊に心ひかれたのは、琵琶湖の30倍、四國とほゞ同じ位の広さがあるというラドガ湖や、その湖上に浮かぶヴァラーム島の “Преображенский собор”、更に同じく琵琶湖の15倍もあるといわれるオネガ湖や、その湖上に浮かぶキジ島上、22の丸屋根をもつ、”Преображенская церковь” 等への想いであった。それらいずれもが、風光明媚な湖上へと影をうつす景観は、今もまぶたに思い浮ぶ。

それと同時に、私はさきに、風光明媚なラドガ湖、オネガ湖なぞとのべたが、はるかその昔、人跡も稀な極北厳寒のかゝる地に、世を避けてか、遁れてか、そこにつくられた聖堂や教会堂へと心は向かう。草創の頃、それらは未だ貧しき茅屋に過ぎなかったであろう。が、それらが頭にいただく冠の名は “Преображение”(山上のキリストの変容)であったのかと、いまさらの如く思いをいたす。そこでの切なる祈り、営みは、たとえ世には知られずとも、かぐわしい香の煙となって天にもとゞき、天上の父なる神は、 “Богоносец”(神をはらむ民)のロシアを養い守って下さっていたのであろう。そして今も…。私の今夏のヴォルガへの船旅は幻の虹と消えた。が、虹はまた新しくかゝるであろう。

4) 結びにかえて
「ロシア民話」という、鬱蒼とした森に足を踏み入れて、コロ、コロ、コロと転がってゆく運命の糸球の後についてゆく。長かったか、短かったか、どんどんと進んでゆくと、突然、バリ、バリ、バリッと樹々の裂ける音がして、見れば、臼にのり、杵で臼を追いやりながら、≒矜-゚聰が近づいて來て、フゥ、フゥと鼻をうごめかし、「こゝにやって來たのは、どこのどいつだ! 取って喰うぞ!」と。やがて、無理難題を吹っかけてくる。もう、絶対絶命かと男の眼にも涙のとき、「母の形見の人形」を肌身離さぬ美しいワシリーサが現れて、「Не бойся! Поужинай, помолися да спать ложися: Утром мудреней вечера!」(ご心配はいりません! 夕食をとり、神様にお祈りをし、ぐっすりとお休みなさい。ひと晩寢れば、いゝ知慧が浮んできますよ!)と、やさしい言葉をかけてくれ、救いの手をのばしてくれた。

長かったか、短かったか、遠かったか、近かったか、どんどんと更に先へと進んでゆくと、昼なお暗い密林の中にぽっかりと、明るい草原がひらけ、美しい宮殿が建っている。私もそこに招かれて、おいしい蜜酒をご馳走になる。
そこで、緑の庭園に出て、芝生の上に寢ころんでいると、ついうとうとと夢路をたどる。旅の疲れが出て來たのであろうか。夢路の中で夢を見ている。なにやら、自分が「櫻の園」(チェーホフ)のフィルスになり、「えーい、お前にゃ、もう精も根もありゃしねえぞ、なにひとつ…、えゝ、貴様、この間拔けの出來そこないめ!」とつぶやきながら、ちょっとの間、横にでもなろうかと…。それでいて、大地の芝生のソファは寢心地よく、夢の中で、また別の夢を見ている。側には黄金のたて髪をした馬がつながれ、「火の鳥」のはいった黄金の籠もある。更には「賢明で美しいエレーナ」さえ共にいてくれる。ところが、事実は骨もばらばらに斃れているのだ。そんな折、どこからか、「灰色の狼」が駆けつけてきて、甦りの水をひっかけてくれた。おかげで、はっと眼を覚まし、ムム「あゝ、よくもずいぶん眠っていたな!」と眼をあげると、「なにを、おっしゃる! もしも私がこゝに來合わせなかったら、あなたなんぞ、永遠の眠りについていたのですぞ!」と…。

私は今も「ロシアの民話」という森の中をさ迷いながら歩いている。森はいよいよ深く、暗く闇にさえある。と、突然、雷鳴轟き稲妻が走ると見るや黒雲を貫き、矢のような光の束が射し込んできた。私ははっと眼をあげ空を仰ぐ。そしてまた大地に眼をそゝぐ。と、残雪の間に雪割草が芽を吹いている。こずえでは小鳥がさえずり、心地よい風さえ吹いてくる。私は体中で深呼吸する。あゝ、こゝロシアの森の空気は、実においしい!
皆様、ご靜聴、有難う存じました。最後に、’Желаю Вам всего хорошего!  До свидания!’

金本源之助
(《Вести》第19号 2003年2月20日発行 所収)

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