マリインスキー劇場第220シーズン

 サンクト・ペテルブルグ第一のオペラ・バレエ劇場であるマリインスキー劇場は、毎年10月から翌年8月までの11ヶ月を1シーズンとして公演を行っている。2002/2003シーズンはマリインスキー劇場にとって220シーズンという区切りの年にあたり、また2003年のペテルブルグ建都300年を記念するシーズンともなった。これは、2002年9月から2003年6月までペテルブルグに留学する機会を得た筆者がみたマリインスキー劇場の活動の報告である。

 シーズン中に上演されたオペラ・バレエの演目から近年のマリインスキー劇場の基本的な芸術方針をまとめると、オペラに関しては、当然ロシアものがレパートリーの半数近くを占めるが、伝統的な演出で上演されてきたものを新演出で上演するという試み(《ボリス・ゴドゥノフ》、《スペードの女王》、《エフゲーニイ・オネーギン》など)、またこれまであまり知られてこなかった作品に光を当てる試み(チャイコフスキーの《魔女》、ルビンシテインの《デーモン》など)が目立つ。ロシアもの以外ではヴェルディとプッチーニを中心としたイタリア・オペラ、モーツァルト作品が上演されたほか、ワーグナー作品が積極的にレパートリーに取り入れられている。バレエは伝統的にこの劇場が得意としてきたマリウス・プティパ振付の古典作品、ソ連時代のすぐれた作品に加え、20世紀初頭に西欧で華々しい活躍をしたバレエ・リュスのレパートリー、マリインスキー劇場出身でアメリカのバレエを育てたバランシンの作品、20世紀の欧米のすぐれた振付家たちの作品が近年レパートリーに加わり、さながらバレエ史を展望できる博物館のような様相を呈しはじめ、さらに現代ロシアのすぐれた才能を起用した創作が行われている。オペラ、バレエ双方で行われているのが劇場の歴史を掘り起こす試みで、マリインスキー劇場と深いかかわりを持つ作品の原典版の復元も熱心に行われ(オペラ《運命の力》、バレエ《眠れる森の美女》、《バヤデルカ》)、この劇場の豊かな遺産を世界にアピールしている。このように劇場の顔ともいえる伝統に裏打ちされたロシアの古典作品の豊かなレパートリーを保持しつづけると同時に、ロシア以外のすぐれた作品を積極的に取り入れることでレパートリーの幅を広げ、さらにマリインスキー劇場独自の作品を世界に発信していこうとしている。

 2003年5月5日からは白夜祭が開催され、これはペテルブルグ建都300年を祝う盛大な催しになった。ペテルブルグと深いかかわりをもつオペラ、バレエの上演、音楽作品の演奏会を通じてペテルブルグという街とその舞台芸術の歴史を見せようとする壮大な企画であった。没後50年を迎えたプロコフィエフや、ワーグナーとストラヴィンスキーの連続上演などの興味深い特集もみられた。

 最後に個人的な印象を付け加えると、1シーズンを通じてマリインスキー劇場の舞台を観て、美術と照明の詩的な美しさに感銘を受けた。たとえば《ホヴァンシチナ》第1幕第2場、ゴリーツィン公の居室の窓から差し込む月の光が床に映す庭園の木々の影。《ジゼル》第2幕、月明かりに照らされた夜更けの森の青みがかった舞台の美しさなど忘れがたい。特に照明の持つ力を強く感じた。オペラ・バレエの原典の復元の際も、音楽や振付の復元だけにとどまらず、初演当時の美術・衣裳のスケッチや写真に基づいて、舞台全体の復元がめざされる。新作上演の時も、美術や照明が重視されているようだ。白夜祭期間中にマリインスキー劇場のすぐれた芸術家に賞が授与されたが、このときオペラ・バレエのスターたちにまじって照明の担当者が受賞したことが印象深い。美術に関しては、 2003年の白夜祭の目玉のひとつでもあった「ニーベルングの指環」シリーズは芸術監督ゲルギエフと舞台美術家ツィーピン(新演出の《ボリス・ゴドゥノフ》の美術も担当)の演出構想で統一され、また、ペテルブルグを代表する美術家シェミャーキン構想によるバレエ《くるみ割り人形》、《ピルリパート姫》が相次いで発表されるというように、美術家を重視する傾向がみられる。しかし、《ボリス・ゴドゥノフ》の突起物の突き出た半透明の葱坊主形や触手を思わせる装置を見た観客からは失笑も聞かれたし、シェミャーキンのバレエも美術が前面に出すぎていて肝心の踊りがないという批判もある。概してマリインスキー劇場が得意とするのは、どこかロマンティックな美しさをたたえた舞台のようだ。

ライター 中西佳子(博士後期課程3年)
2003年12月20日 於 文学部39号館第6会議室

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