モスクワ留学体験記①(2015年秋~)

2015年9月からロシアに留学中のみなさんから体験記が続々届きました!
まずは、モスクワ大学に留学中の露文生、松丸司くんのレポートからです。

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ボロボロに崩れた壁、埃まみれの床。剥がれかけた壁紙。留学初日、これから十か月を過ごす部屋で不安と期待の入り混じる僕を待っていた最初の仕事は、丸一夜に渡る大掃除でした――

こんにちは。そんな風に留学生活の始まった松丸司です。みなさんご存じ、近くて遠い国、ロシア。その首都モスクワの郊外に位置するモスクワ大学で、僕は生きています。留学生活、僕の見たロシアについて、お話させていただきますね。

僕はモスクワ大学の中に住んでいます。初日、晴れ空をバックに佇むスターリン・ゴシック様式のお城、Главное Здание を初めて目にした時の感動は忘れられません。ロシア人もバシャバシャと写真を撮っています。当然、僕もです。

 

Главное Здание МГУ、略してГЗと呼ばれる。中央の尖塔と両脇の時計塔?がクール

Главное Здание МГУ、略してГЗと呼ばれる。中央の尖塔と両脇の時計塔?がクール

 

こんな所で暮らせるなんて最高だな、と思ったのですが、そんな幻想は冒頭で語った通りすぐに打ち破られました。なんといっても築数十年のアパートです。中までキレイな筈はないのです。ただ、一度掃除をして家具を並べてしまえば、もう自分の城。今ではすっかりお気に入りの部屋になりました。

なお、勉強する場所は微塵も装飾性の無いディストピア的な趣のある別棟(文学部棟)です。最初、見た目上ГЗとの落差があまりにも大きかったので残念な気分になったのですが、見た目がどうあれモスクワ最高学府の看板を背負っていることには変わりなく、働く教師陣は確実に超一流です。

ディストピア風建築・文学部棟(1-ый гум)

ディストピア風建築・文学部棟(1-ый гум)

 

この文学部棟で、僕は週8コマ勉強しております。1コマの長さは日本と同じ90分、休憩が10分~15分、昼休みは1時間です。僕が必修で課された授業は基礎文法・スピーキング等(明確な区分はない)が7コマ、ファネチカ(録音機材のある視聴覚室にて行うオーラル系授業)が1コマ。これらの授業を行うクラスは4~9人程度と小規模に抑えられており、教師に積極的に質問を投げかけたりしやすい環境が作られています。そのほか、半期ごとに選択授業がいくつか開講され、それを取ることも可能です。僕は前半期で移動動詞(идти, ходитьなどの動詞や、それに接頭辞のついたвходить, проходитьなど)について学ぶ選択授業を取りました。

僕の先生は偶然なのかみんなおばちゃん、おばあちゃんです。現在一番コマ数の多いおばあちゃん先生は生徒の人生がより良いものになることを願っていることが伝わってくる、類稀な優しい方です。授業では詩や歌の暗記がよく課題になり、美しい、口にしたいロシア語をたくさん学んでおります。今ではすっかりお気に入りの詩や歌が増えて、帰国後も新しく自分で暗記したりするんだろうなと思います。もう一人の先生はバイタリティ溢れるおばちゃん先生で、授業は超ハイスピード、宿題は超大量、生徒一人一人の書いた宿題ノートを夜を徹して添削し、些細な発音的間違いも見逃さない、生徒の成長を促すためにバンバンと愛の鞭を打ってくる方です。付いて行くだけで圧倒的成長を遂げられる程の授業を組んでいる所からも、かなり優秀な先生な事が良く分かります。

こういった先生方の下で学ぶ中、最も成果があったと思われるのは、やはりリスニングとスピーキングです。全ての授業はロシア語で行われておりまして、最初の一ヶ月などは授業の内容を半分も聞き取れず、殆ど何も話せないというような状態でした。ですが、そこから、まず耳が慣れていきます。少しずつロシア語の音を拾えるようになっていき、そして、徐々に喋れるようにもなっていきました。さらにその後は、発音やイントネーションが改善されていきます。今までは「ただ書いてあるロシア語を読む」ことすらも困難だったのが、少しずつながらも、ロシア人が話すようなイントネーションで、そして一つ一つの音を正しく発音しながら、読めるようになっていくわけです。ロシア人の友人にも、よく「ロシア語うまくなったね」、と褒められるようになりました。最初は彼らの言っている事が殆ど分からず、日本語を話せる友人とは殆ど日本語でだけ話していたのですが、今ではロシア語を軸にコミュニケーションを取っています。また、文法事項についても、日本では教科書通りの理論を覚えていくだけなのに対し、ロシアでは生きたロシア語の中で学んでいくために、学んだ文法がすぐ実践できます。その分定着も早いです。間違いなく、ロシアに来る事はロシア語の学習効果をものすごく高めてくれますよ。

次はロシアの食についてお話しましょう。ГЗにも文学部棟にもСтоловая(食堂)がありまして、授業の合間、旅行の帰り等、料理をする暇がない時はお世話になっております。その他、法学部や経済学部のキャンパスも近場にありまして、生徒証を持っていればそこの食堂も利用できます。次世代を担う彼らにはたくさんカネが行っているのか、値段は据え置きで質が圧倒的に文学部棟よりも高いです。時間に余裕がある時などは是非そちらに行くことをお勧めします。以前、法学部の食堂で鴨のステーキを食べたことがありまして、あれはなかなかに美味でした。値段も米などと合わせて200ルーブル(現在のレートで340円程度)と非常にお手頃でした。

ただ、食堂に通い続けると心が飢え始めるので、僕は頻繁に自炊をしています。食材は概ね日本より安いです。中には目玉が飛び出るほど安いものもあり、日本なら一つ単位で売っているジャガイモがビニール袋いっぱいで10ルーブル(現在のレートで16円程度)などと、ふざけた値段で売られています。日本に帰ってからこの値段で野菜が買えないというのが悲しくなってきますよ。こんな訳なので、ロシアは貧富の差こそ激しくあれど餓死者はいないらしいです。

更に、一部食品の質は日本より高いです。特にチーズとはちみつ。チーズは日本でいう所の鮮魚コーナーみたいなノリで丸のチーズを切ってパックに詰めて売っており、美味です。はちみつはどうやらハンザ同盟とかそんな時代からロシアの名物らしく、安いものでも日本の高級はちみつに匹敵する味がします。もしみなさんが留学するなら、せっかく外国に来ているわけですから、地元の安くて美味しい食材をガンガン摂取していく事をオススメしますよ。ボルシチとか、自分で作ってみるといいと思いますよ。原材料のビーツは日本ではオシャレな主婦の使うお高めな食材ですが、ロシアでは一山いくらの市民の味方です。

逆にオススメできないのが外食です。早稲田・高田馬場近郊の過激な学生・サラリーマン顧客獲得競争に晒された古強者達の提供する食に慣れ親しんだ我々にとって、ロシアの外食はまさに極北。一品一品の量が値段の割にあまりにも少ない。あるいはクオリティがサイゼリヤで値段はロイヤルホスト。そんな具合で、非常に行く気が削がれます。自炊以外で腹を満たすのは食堂かファストフード店。外食はお話をするために行くもの、あるいはたまの贅沢。僕はこんな具合に割りきっています。足で飯屋を開拓するのが趣味だったので、これは残念でした。

さて、次は娯楽についてです。モスクワはロシアの全ての道が始まる場所と言われており、電車や飛行機を利用して国内のあらゆる場所にアクセスできます。これを活かさない手はない、という事で、僕は国内の色々な街、特に、古都に数えられる観光地に行きまくっております。

そんなロシアの古都、どこへ行っても見どころになっているのが教会です。もしロシアに来たいとお望みであれば、ロシア正教会、キリスト教については是非、色々と予習・復習をしておくと良いでしょう。それで教会は何倍にも面白い場所になります。というのも、ロシアの教会の中は単純な豪華絢爛さや迫力もさることながら、宗教的意味合いの篭ったイコンでびっしりと埋め尽くされているのです。その意味を分かっているのといないのとでは、感動が違ってきます。郊外の教会は博物館化されていない、ちゃんと機能している教会であることが多く、現地の方々が祈りに込める熱意を感じ取る事もできます。ミサを見に行った事もあるのですが、正教会特有の伴奏の無い合唱は非常に美麗でした。

モスクワ内で遊ぶ場合、お金のかからない選択肢は概ね二つです。博物館や美術館か、散歩か、です。お金がかかってもいいなら、劇場などが選択肢に入ってくるかと思います。ロシアの博物館・美術館のキモは、ロシアでしか見られない物が多く展示されている事です。特に、ミリタリーな博物館で屋外に並べられている戦車なんかは、男の子としてはたまらない物があります。美術館ではイコンなんかを見ることができます。いずれにせよ、そういったアカデミックな場所に、学生はだいたい半額かタダで入れます。モスクワ大学の生徒証は趣味人にとって最高の割引チケットになるのです。

そんなアカデミックな娯楽の充実っぷりに反して、モスクワにはカラオケやなんやといった軽い娯楽があまり無いです。かわりに、キレイに整備された公園が至る所にあります(整備されたのはここ数年のことらしいですが)。そのせいかロシア人はどうやら散歩が好きなようで、彼らと友達になると頻繁に散歩に誘われます。無目的に何時間も公園を歩きまわって喋り倒し、疲れたらファストフード店で休憩。それがロシアスタイルらしいです。僕はつい最近7時間散歩という偉業を果たしました。

そう、ロシア人たちは仲良くなると色々な場所に誘ってくれます。散歩に行くのが殆どですが、時間制のカフェでボードゲームをしたり、古都に泊まりがけで旅行に行ったり、洞窟に潜りに行ったりしたこともあります。

 

モスクワ郊外の洞窟内にあった礼拝所。これを見た日本人は間違いなく、一緒にいた友人と筆者だけだろう

モスクワ郊外の洞窟内にあった礼拝所。これを見た日本人は間違いなく、一緒にいた友人と筆者だけだろう

 

こういった集まりの際、彼らは容赦なく、一言断る事も無く、こちらと面識の全く無い自分の知り合いを呼んできます。内輪で楽しむという感覚が無いのか、知り合いの知り合い同士を会わせる事に躊躇がまったく無いのです。日本的感覚ではこういう事は中々あり得ないと思います。彼らはどうにも、人を何かに誘う事に関して躊躇を覚えない、開かれた心の持ち主なようです。時にその心は人付き合いがあまり好きでない根暗な文学部生の男にとって重くのしかかる事もあり、時に知り合って間もないのに洞窟探検などという日本ですらしたことのないアクティビティを経験できたり、とても楽しい思いをすることもあるのです。この辺、来ればわかると思います。

彼らロシア人に流れる論理や感覚は、日本人と非常に異なっております。例えば、基本的にみんな人が良く人懐こいのですが、相互理解のための方法が積極的な意見のぶつけ合いだったりします。僕もボードゲームのルール理解を巡ってロシア語で口論をしたりしました。でも、それは喧嘩ではないのです。お互いの落とし所を見つけるため、お互いが楽しくなるための方法に過ぎないのだ、と、そんな共通認識があるという事を土台にしていると感じました。だから、気分が悪くならないんですよね、口論していても。こうした感覚は、日本人同士だと味わいにくいのではないでしょうか。ちなみに、ボードゲームのルールについては、勝手にローカルルールを作る事で決着しました。こういう規則に縛られない頭の柔らかさは、やっぱりロシアらしいです。

と、まあ、こんな所でしょうか。これが僕の見た留学生活、ロシア、モスクワ、ロシア人です。せっかく露文のサイトですから、留学を通してのロシア語学習について僕が思う所を書いて、文章を締めくくろうと思います。勉強しつつロシアの各所を巡り、友人と深く交わる傍ら、僕は本に記された言語ではなく、生きた言語としてのロシア語と触れ合ってきました。日本にいた時、僕にとってロシア語はそこまで意味のある物ではなかったように思います。プーシキンを研究するにしたって、素晴らしい翻訳がいくつも出ており、それを読むだけでも学士のレベルに足る理解・研究は出来てしまうような気がしておりまして、ロシアに興味がある事とロシア語を勉強する事とは、どこか乖離しているように感じていました。なのでイマイチ、ロシア語の勉強に熱が入らなかったんですよね。

ですが、来てみると事情がかなり変わってきます。レジのおばちゃん、警備員のおじちゃんなんかは英語すら話せませんので、道を聞いたりしたかったらロシア語をやるしかありません。事務手続きをする時もロシア語しか通じません。列車のチケットを買うサイトに英語版は無いし、駅のチケット売り場に書いてあるのも全部ロシア語です。生きているだけで、ロシア語をやるための必然性が、どんどんと生まれてきます。それは、直接モチベーションに繋がって来ます。学んだことが、すぐさま生きるための力になるのですから。それに、なんやかんやと生きているうちにたくさん友達が出来る訳です。最初に出来た友達は日本語を勉強していても、彼の呼んでくる友達の友達はロシア語しか話せなかったりして、そんな彼らも、やはり面白い人間だったりするわけです。でも、彼らとは、ロシア語でしか話せません(インテリな彼らは英語も使えるのですが、こちとらしばらくロシア語しか喋っていないので英語の話し方なんて覚えていないわけです)。彼らを理解したくば、ロシア語を話すのが一番の近道なわけです。こうやって、より良く生きるために得た力が、結果として文学の研究にも役立つというのだから、こんなにお得な事もありません。

モスクワ北西の街、プスコフで見かけた壁の落書き。ボルシチに、という乾杯の音頭と思われる。こんなジョークを見て笑えるのもロシア語をやっているから

モスクワ北西の街、プスコフで見かけた壁の落書き。ボルシチに、という乾杯の音頭と思われる。こんなジョークを見て笑えるのもロシア語をやっているから

 

とはいえ、根本的に、異言語で交流をしようとするという試みは苦しいものです。思考する言語と話す言語が一致しないという苦痛があり、慣れない概念を覚えて使おうとするという面倒があり、兎に角、一筋縄では行きません。ロシアに来て初めて、そういった事が身に沁みて分かりました。なので、僕の場合、そんな苦痛まみれのロシア語の対になる位置に自由に使える日本語が来て、日本語で話す事それ自体が癒やしになったり、それを通して培われた日本の諸文化が愛おしくなったりして来ました。自分の喋る言葉に有り難みを感じるという体験は、外国語学習をして初めて得られるのではないでしょうか。

本当の所、ロシア語を勉強とか、そういうのはとりあえず置いておいて、兎に角行ってみよう。目の前に転がっているチャンスを拾ってみよう。そんな軽い気持ちで留学に申し込んだのですが、来てみたら、軽いものでは済みませんでした。この留学もあと一ヶ月半で終わりますが、非常に濃密で、人生も人生観も何もかも変わるような日々を送れましたし、それは本当に、幸せな事だと思います。留学を志している方は、是非、そのチャンスを見つけてみて下さい。酸いも甘いもあると思いますが、甘いが勝る筈ですから。

 

 

 

 

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