モスクワ留学レポート

露文教員の坂庭です。露文4年生で現在モスクワ大学に留学中の榎本健太さんがレポートを送ってきてくれましたので掲載します。様々なレベルで刺激を受けているようですね、語学的にも人間的にもどれだけスケールアップしてきてくれるか、楽しみです。

「なぜ、ロシアに来てしまったのだろうか?」

留学生活2日目、静まり返った部屋で僕はそんなことを考えていました。留学することを決めたのには様々な理由が絡んでくるのですが、初日、2日目と続いた煩雑な手続きの数々、常に怒っているような売店のおばちゃんの恐怖、まるで利用者のことを考えないサービスとも言えないサービス、そして言葉では言い尽くせないその他諸々の“異文化体験”は、ひとりの日本人のか弱い動機など簡単に吹き飛ばしてしまったのです。幸い、長い自問自答の末になんとか頑張る気力を得ることができ、それから2か月を経ようとしてだいぶこちらの生活にも慣れてきたのですが、それでもやはり時々、先に挙げた疑問が僕の頭をちらとかすめることがあります。

もちろん、留学をしていて大変なことばかりというわけではありません。例えば授業。受け入れ先によって若干の誤差はありますが、僕の場合は月曜日から金曜日までの週5日、80分授業が13コマあります。授業では文法の話はもちろんですが、ロシアの新聞を読んだり、先生がアネクドートを教えてくれたり、様々な国から留学生が集まっているものですからそれぞれの国の文化の違いなどを話し合ったりします。少し気を抜けば何を言っているのかわからなくなってしまうのでとても疲れはしますが、その疲れはとても充実感に満ちた疲れです。語学力も、まだまだではありますが、確かな成長を感じることができます。

しかしそれでもやはり大変なことのほうがはるかに多いわけですが、「なぜ、ロシアに来てしまったのだろうか?」という問いが、最近になって実はそれこそ最も重要なものなのではないか、という考えが出てきました。きっかけは先日行ったヤロスラヴリへの1泊2日の小旅行です。この旅行自体がどうこうということではなく、旅行を終えてモスクワに帰ってきたとき、自分の部屋に帰ってきたとき、僕はそこである種の安心感にも似たような感覚を覚えたのです(このことは、今ウォッカ片手に打ち込んでいるこの文章で「帰る」という表現を使っているところにも如実に表れていると思います)。当たり前と言えば当たり前のことではあるのですが、わずか2か月前は自分の部屋とは思えなかった場所が、すっかり自分の一部となっていること、これはすごく興味深いことだと思います。そして、その事実に気付いた時の驚きは、性格こそ違えども初めてロシア文化に触れた時の驚きに一歩も引けを取らないものでした。

「なぜ、ロシアに来てしまったのだろうか?」という問いに対する僕の答えは「様々な驚きを体験したいから」という月並みな言葉に集約されます。実際留学してみて気付いたものですから順序は逆になってしまいましたが、これが今胸を張って言える僕の一番大きな留学の動機です。そして、この「驚き」とは決して日本と異なる文化に触れることによって得られるものだけとは限りません。知らなかった文化そのものに対する驚き、既知の文化との比較における驚き、知識としての文化と体験としての文化の間に存在する驚き、その文化に触れる自分自身に対する驚き……。数え始めたらキリがないのですが、どんなに「慣れてきた」といっても、それは「驚かなくなること」とは全く別のものです。驚きは常にどこかに転がっています。その意味では日本に住んでいたとしても驚きはいたるところに存在していると思うのですが、年を経るごとに感性が鈍くなっていくと言われるように、僕らはその驚きに気付けなくなってしまっています。そしてだからこそ、赤ん坊がこの世界に生まれる時と同じように、異文化の中に身を投げ入れることによって、驚きに対する感性をリセットすることができるのではないでしょうか。赤ん坊が生まれてくる時は既成の環境に新たな身体が入っていく構図ですが、留学(だけとは限りませんが。例えば大学入学を機に一人暮らしを始める、というのも規模は違えども同じようなことだと思います)は既成の身体、ある程度の肉体的、精神的な生成が成された身体で異文化という新たな環境に入っていくという構図です。自分の身体や精神が異なる環境に触れたとき、あるいはロシアの環境が異物としてのこの身体や精神に触れたとき、どんな反応を示すのか。そのことを考えるだけでも留学はとても楽しいものになっていきます。そういう意味で、「なぜ、ロシアに来てしまったのだろうか?」という根本の問いは、この様々な驚きを維持するためのアイデンティティのような存在として、今も僕の中にあり続けています。そもそも、ロシア留学を決意したこと自体も、ひとつの驚きなのですから。そしてもし、この問いを忘れてしまったら。それは語学力云々の問題以上に、僕にとって「留学は失敗だった」という結果を招くことになります。それくらい、この問いは大切なものだと考えています。

僕の部屋のトイレは水が出なくなることはありませんが、代わりにずっと水が流れています。ロシア人と日本語でしりとりをしたら「労働者」「ストレス」「リストラ」なんて言葉が次々と出てきました。駅で待ち合わせをしていた時、「友達を待ってるなら電話してみると良いぜ!」と、屈強なロシア人が“親切にも”アドバイスしてくれました。まだまだロシアには楽しいことが、僕の常識を打ち破る驚きが、たくさん潜んでいるようです。

もしもお金や時間その他の問題がクリアできそうで、その上で留学することを悩んでいるならば、僕は迷わず挑戦してみることをお勧めします。留学することが良いとか留学しないことが悪いとか、そういう問題ではなく、“何かが変わる”ことは間違いないからです。目標はあった方が良いでしょう。しかし、無ければいけないものでもないと思います。もし具体的な目標がないならば、例えば今述べた「何かを変える」というのも充分立派な目標となるでしょう。テストや資格に比べたらあまりにも抽象的な目標かもしれませんが、留学費用の価値を、自分自身で創り上げることができます。そうすると、自分自身で創り上げるからこそ、少しでもその価値を高めようと努力します。物理的でもそうでなくても、留学の手助けをしてくれた人達や、今この人生を生きる自分自身のために。こうして辿り着いた留学のゴールは、各個人それぞれに特別なものとなるはずです。そう考えると、とにかくロシアに飛び込んでみるのも素敵なことだと思いませんか?

「なぜ、ロシアに来てしまったのだろうか?」

僕のロシア生活は、まだまだ続きます。

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